読書感想文※ネタバレ注意
*序章
あのちゃんの本を読んだら心が痛くなった。壮絶だった。
休憩しながらじゃないと読めなかった。
何故人を傷つけたわけでも悪い事をしたわけでもない人間がここまでつらい経験をたくさんしなければいけないのか、神様がいるなら相当性格悪いと思う。
何にも悪いことしてなくて優しくてまっすぐ生きてるだけの人がものすごいつらい思いをしてて逆に人を傷つけても平気でヘラヘラしている人間はどこまでも恵まれて絶望も知らず本日も人を踏みつけ嘲笑い幸せに生きている。
別に人を傷つける人間は全員不幸になれとは思わないけど、何にも悪いことしてない人間に1点集中みたいに不幸がふりかかるのは違う。不平等すぎる。それぐらい壮絶だった。人間の汚い部分もたくさん書いていた。救いがない世の中だと思ってしまった。
それと同時にやはり自分と価値観が似ている人だとも思った。私もこう考えるな、とか復讐の方法とか。
私は普段自分の感情を顧みず見ないふりをする傾向にあるのでこれを機に本を読み自分が思ったことや自分の話をこの場でさせていただこうと思う。
*復讐
あのちゃんの自分を馬鹿にしたやつら、いじめてきたやつらに対する復讐のルールが
「人を蹴落とさない、ずるしない、諦めない、自分を信じる。」だった。
復讐って相手をとことん痛めつけようとする人が殆どだけどこんな酷い目にあっても誰も傷つけない方法で復讐しようとするの本当に美しい。生き様が美しい。
私だったらさすがにここまでされたらどんな手を使ってでも相手を地獄に叩きつけようとしてしまうかもしれない。綺麗事なんて言えないかもしれない。
結局のところ自分の実力でビックになったり美しくなったり幸せになりそれを相手に見せつけることが1番の復讐だと思うけれど。
私もわりといじめられ体質で幼稚園、小学生、中学生の時にがっつりではないが嫌がらせをされたり物を隠されたりブスと言われたりハブられたりしねと言われたりころすと言われたり嘲笑われたり足をひっかけて転ばされたり色々あった。たぶん原因は運動が壊滅的に出来なくてどん臭かったこと、気が弱かったこと、周りの女の子みたいに可愛くなかったからだと思う。
だから私は運動は出来ないけれど代わりに誰もやっていないことに挑戦しようとダンスを習わせてもらった。(小学2年生の当時、学年内でダンスを習っている子が他にいなかった)
歌うことが大好きだったので学校中で1番歌が上手い小学生でありたいと大人の歌を必死に覚えた。
とにかく見た目を馬鹿にされることが多かったので誰よりも可愛くなってやろう美しくなってやろうと決めた。
いつか同窓会とかで「あの可愛い子だれ?」って皆がざわざわするぐらいに美しくなってやると今でも思っている。
*すべて必然
有名になり、今年の顔にも選ばれたとき、「激動の1年だったと思いますがご自身のこの変化についてどう思われますか?」と聞かれて「必然」と答えたらしい。
なんでそんな生意気なの?とか自信過剰なの?とか批判があったらしいけど、覚悟が違う、全て必然、寝た記憶もないくらい本気だったからこうなることは必然だったと。
本当にそうだと思う。
生意気だとか自信過剰とかいうやつらはたぶんそこまで努力したことがない。人に認められなくて悔しくて血のにじむような努力をしたことがないのだと思う。
誰も見ていない中で必死に痛みや苦しみに耐えてそれを糧にして努力をしてきた人間は自分がここまで上り詰めたの当然だろって思う。自分が1番わかってるもん。自分の努力は自分にしか見えない。それを他人がとやかく言うなと思う。
*分かって貰えないがデフォルト
「この世界は僕もあなたも正しくて正しいから分かり合えない。結果でわからせようとしたってわかってもらえないことが殆どだからもうわかってもらいたいと思うのを辞めた。それでも自分の気持ちに嘘はつかず誠実に正直に生きる」
その通りだなあと。
私も人間は分かり合えないものと割り切っているけどそれでも大事に思ってる人たちにはわかって欲しいって思ってしまうことがある。けどそれは結局押し付けやエゴだったりする。自分の気持ちをわかってあげられるのは自分だけだからこそ自分の気持ちに嘘はつかず時々自分と向き合うことが大切だなと思った。
*逃げることも立派な行動力
「死ぬぐらいなら自分を傷つけるぐらいなら逃げる方がいい。闇から逃げているだけで光に立ち向かっている」
小5の時に隣のクラスの先生が児童たちのいじめにより自殺した時に彼女はこう思ったという。
「なんでこんな学校やめなかったんだよ。
なんでこんなやつらのために頑張っちゃったんだよ。死ぬ前に逃げて欲しかった」
この言葉を読んだ時、思わず泣いてしまった。
きっととてもまっすぐで優しい人だったのだろう。ぎりぎりまで頑張ってしまったのだろう。
そして小5でこんな風に思えるあのちゃん人間出来すぎでは?
人の苦しみに胸を痛めて本当の意味で寄り添うことができるのも本当に優しくて純粋な人だけだと思う。
よくいじめられて学校に行けなくなった子に学校に行けだの学校に来いだの逃げるなだの言う大人が殆ど。
私が中学生の頃ブスだからという理由で陥れられてクラス全員が敵になった時も周りの大人は学校に行け、学校に来い、来ないなら毎日迎えに来ると当時の自分にとって脅しのような言葉をかけられた。
あの時逃げずに学校に行ったから家から近くの高校に通えるほどの内申点を得ることができたし得られたことや学べたこともたくさんあったので不登校にしないでいてくれた周りの大人や味方でいてくれた友達や部活の後輩たちには感謝しているけれど、中には学校に行くくらいならと自殺してしまう子がいる。
私が保健室の先生を目指した根本的な理由はそういう子どもを減らしたかった。周りの大人は学校に行けとか教室に行けとか綺麗事を言うだろうけど、私だけは無理に来なくていい。それでも親が無理やり行けというなら保健室に来なさい。と言いたかった。そんな子どもたちの居場所になりたかった。
学校に行きたくない理由がめんどくさいとかなら無理やり教室に押し込むけど。
ただ結局現場に立つと自分が社会人として生きることでいっぱいいっぱいになって自分には向いていないと悟って辞めた。学生気分で務まる職業ではなかった。最近までぽんこつ短大生だった私を皆保健室の先生として見る。学校内でたったひとり、ふたりの医療従事者として何かあった時は頼られる。私はまだ医療従事者として人の命を預かる覚悟がなかった。だから現場を去ることにした。
それでも学んだことを腐らせたくなかったのでその後勤めた企業で怪我人が出た時は1番に救急バッグを持って走って手当てをしていた。後輩に「誰かが怪我をしても真衣ちゃんが冷静に対処してくださるから安心する」と言ってもらえた時は救われた。
今はその会社も辞めてめちゃんこ長い関数を組む仕事をしている。数学や数字が大っ嫌いだったのに今はこのばりばり理数系みたいな仕事がとても楽しい。
そんな私の仕事遍歴についてはさておき私は誰かに「仕事を辞めたい仕事がしんどい」と相談された時、もしくはしんどそうだなと思った時は引き止めることは一切せず「無理せず辞めてください」と伝えている。
一緒に頑張ってきた上司や同僚がやめるのは寂しいけれどそれでも無理をして心を壊すと人間はどうなるのかを自分自身が経験してきたので冷たく聞こえるかもしれないけれど一切引き止めず辞めることを推奨するようにしている。
死ぬほどつらいなら逃げてください。
体や心を壊す前に逃げてください。
貴方が壊れようがどうなろうが会社も上司も同僚も責任を取ってくれません。
貴方のことを1番に考えて貴方にとって最善の選択をしてください。
*否定されても自分を貫き続ける人はとてつもなく強い
「「みんなちがってみんないい」とはいうけれど、結局のところ輪からはみ出ると否定され除け者にされるのが現実であり、じゃあありのままこのままを受け入れてもらうにはやっぱり自分を貫く強さ、自分自身がそれを受け入れる強さ、武器にする強さ、周りを気にしない強さを身につける必要がある」という話だった。
ここでも壮絶な過去について書かれていた。
基本は皆折れる、除け者にされることはとてつもなく怖い。馬鹿にされたり否定されることはとても怖いことだから大抵の人々は周りを気にして周りに合わせて普通を演じる。
けれども敢えてそれをせず自分を貫き続けたあのちゃんは本当に強くかっこいい。そして貫き続ければそれが歴史になったり流行になったりするのだ。
*幸せより痛みの信用
「嬉しいことや幸せを感じてもどうせそれは自分の手元からいずれ離れていく。いい事があると同時に悪い事があとから起きたりするのでいい事があった日にはわざと泥水に足を突っ込んだりフェンスに頭をうちつけて痛みを感じることで安心している」という。
めっちゃ理解できる〜!って思った。
私も幸せが怖い。嬉しいことがあって舞い上がって毎日にこにこルンルンで過ごしていたら途端に上手くいかなくなってどんどん状況が悪くなってどん底に落ちる経験が多かった。
傷つきたくないから喜べない、幸せを信用しきれない。もう二度とこの先の幸せを期待し裏切られ傷ついて苦しみたくないから。
さすがに泥水に足つっこまんけど、本当に喜んでいいのかなってどこかで思ってしまう自分がいる。
結局そんなことを考えてしまうからいつまでも報われないのかもしれないな。
*自分を貫く孤独は深淵の如く
「どれだけ強く生きてもどれだけ耐えても体の痛みや苦しみじゃ誤魔化せないくらいの痛みが心の中に染み渡り体から色ごと吸い取られる感覚だった。もう頑張れない。自分の美学を忘れて流されていきた方が楽かも」
あのちゃんにもそう思う時があったらしい。
それでも腐らずどんなに踏みにじられても裏切られてもバカにされても最後には自分の信念とか美学とか気持ちとかそういうものから逃げずに生きる選択をしていて本当に強くてかっこよかった。
あのちゃんは自分の美学を無視した自分とともに生きることのほうがしんどかったって言っているけど、自分の美学や信念を貫き自分の気持ちに正直に生きることがいかに難しくてしんどいことかを理解しているから心の底から尊敬する。
世の中の殆どは自分の美学や信念やどうにもならない気持ちを貫き続けるつらさを知らないか、そのつらさから逃げ続けている人が殆どだと思うから。
皆世の中はこういうもの、人生はこういうものって納得したふりをして何食わぬ顔で流されて生きているから。
私は以前自分の信念や美学、気持ちからも逃げた。
もう体が冷たくなって息ができなくなるようなつらい思いも悲しい思いも寂しい思いもしたくなかったからそういう強い感情を封印した。
自分の美学は大人の世界では受け入れられないんだと諦めて生きるようになった。楽だった。
けれどどんなに逃げても対峙しなければいけない日が来てしまう時もある。逃げ続けていた分対峙してしまった時の心の揺れや動揺は大きい。
長年封印していたから対処法がわからない。向き合い方がわからない。悲しいとか寂しいとかつらいとか苦しいをどう昇華させたらいいかわからない。逃げようにも今までどうやって逃げてきたのか見ないようにしていたのか納得していたのかもわからなくなるし前にも後ろにも進めなくなる。
けれど同時に自分の中にこのような感情がきちんと存在していることに気付けた喜びもあったりする。
本当は自分の気持ちに正直でいたかったんだ、ずっと。
本当は自分の信念のままに生きたかった。
納得出来ていないことを無理やり納得したくなかった。諦めたくなんてなかった。
だからもう私も逃げないようにする。私だけは私のことを受け止めて貫き続けて闘う。
皆にそれは夢物語だと言われても私は私が正しいと思うことを主張し続ける。馬鹿だと言われるかもしれない。
それでももう絶対に美学に反することはしない。改めてそう思えた。
*呪いをかけてまぼろしをといて
「まぼろしにかかっている限り、呪いはとけない」
2番目に心に残った言葉
※1番はなんでこんな奴らのために頑張っちゃったんだよ
真理に気付いた。
今まさにたぶんまぼろしと呪いにかかっているような感覚で(比喩表現です!誰かに呪われてるとか思ってるわけじゃないです)
なんとかして呪いを解かなきゃって葛藤してるんだけれど、同時にまぼろしにかかっているんだって気付けた。
まぼろしにかかることと呪いにかかることは同義なんだと。
そしてまぼろしを解くことは呪いを解くことより難しいと私は思っている。
ミッドナイト全部大丈夫の歌詞に「まぼろしだっていつかは解けるはずだわ」って言葉がある。
この歌詞を聴く度に無理やり解かなくていいんだって、いつか自然と解ける日が来るんだって。それまでこのまぼろしと呪いに浸ることも悪いことではないのかなって。
自分の気持ちに正直に。私にしか浸れないまぼろしと呪いを存分に堪能しようと思う。
さいごに
もっと皆があのちゃんのことを知ってくれますように。彼女はめちゃんこかっこよくて強いです。私も見習います。

